婆推手帖〜ばばおしてちょう

母と叔母、時々姑+舅の推し活(親介護)記録。現在は叔母の認知症介護を中心に紹介しています。

【認知症】電動自転車で行くよ、どこまでも

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認知症の伯母、82歳。認知症が進行してきたのか、電動アシスト自転車でどこまでも行ってしまいます💦身体が元気な認知症の方の典型的な【過活動】の症状の1つだと思われます。伯母は毎日の生活がこの【過活動】となっています。

BPSD(周辺症状)の1つである過活動

昨年までは、BPSDをのことを【中核症状】と呼んでいましたが、最近では【周辺症状】と呼ぶようになりました。(認知症キャラバンメイト研修会より)

認知症が進行すると様々な症状が出てきますが、伯母にも色々と現れるようになりました。その中でも一番目立つのが【過活動】です。

認知症の診断が出た際に、脳神経外科医から車の運転を止めるよう言われても、自分は認知症ではない!と認めず、車を乗り続けていた伯母でしたが、2024年12月に免許が失効し、車を降りざるを得なくなりました。その後、普通自転車にしばらく乗るも、筋力の低下から自転車が漕げずに転倒する事が増えました。「骨折でもしたら大変!」と、車を降りたのを機に自転車も降りてもらいたいと思っていましたが、「車だけでなく自転車まで取り上げるのか💢」と言い出した伯母は、電動アシスト自転車を1人で買って来て、乗り始めてしまいました💦

持病が多く、薬もかなりの種類を飲んでいる伯母ですが、幸いにも今、なんとか経過観察で過ごせているような状況なので、無理はして欲しくないのですが、伯母は暇になると「どこかに行きたい!」という欲求が湧き、買い物についても思い立ったら「今すぐにでも買いに行きたい!」という衝動に襲われます。

若い時にはそれがストレス解消になっていたのかもしれませんが、体のあちこちに痛みを抱える82歳の今の伯母に、その原因が【自身の過活動のせい】だとは理解できていないのです。

普通自転車の時には、漕ぐ体力がなかったことから、1日1回、スーパーまで往復するだけでクタクタになっていた伯母。坂道も漕ぎきれずに重たい自転車を押して歩くことが増え、フラフラになっていましたが、「それが伯母の不必要な外出の抑制になるならば…」と考え、黙って見守っていました。(これで自転車も降りてくれたら…!と願っていました)

しかし、私の母(伯母の2歳年下)が電動アシスト自転車に乗っていることから、伯母は「私も電動アシスト自転車に乗る!」と言い出し、すぐさま自転車を買いに行ってしまいました💦(そういう時には即決断して行動出来てしまうのです)

この辺りが【元気な認知症】の発想と行動力なんだと思います😰

私の母は長年原付バイクに乗っていた人なので(30〜70歳まで)、降りた後に電動アシスト自転車に乗り換えてもすんなり適応出来ていましたが、これまで車しか乗ったことのない伯母だったので、「運転は大丈夫?!」と心配でしたが、伯母は

「車を取り上げられたから、これがないとどこにも行けないやろ💢」

と、心配の言葉をかける度に文句を言い続けていました😰母と私は「何度言っても理解してもらうのは無理。もう放っておくしかないな」となりました。

片道5kmくらいまで自転車で行ってしまう伯母

伯母が電動アシスト自転車を手に入れてからは、普通自転車では行けないような遠方にまで、出かけるようになってしまいました。車に乗っていた頃の感覚で「あの場所なら近いはず」といううろ覚えで出発してしまうようです。3駅向こうの病院にまで電動アシスト自転車で出かけていたことも確認出来ています。(キーファインダーの記録より)

伯母には持ち家もありますし、義伯父の遺族年金もあるので、金銭的にかなりゆとりある暮らしが出来るはずなのですが、元々の超倹約家の性分から、タクシーに乗る事を「もったいない!」と頑なに拒否します。(微熱がある時も病院まで自転車で行ってしまいます💦)

電動アシスト自転車を購入してからはそれに一段と拍車がかかり、余程でない限り、タクシーは絶対に使わなくなりました。

伯母は【どこかに出かけたい一心】で、電動アシスト自転車の操作方法も、バッテリーの充電方法も、取り扱い説明書を必死で読み解き(今は書類を読んで理解することがかなり難しくなっているのですが)、昔に車で出かけていた場所へ電動アシスト自転車で行っている様です。その場所が家から遠いのか近いのかは理解できていないので、向かう途中に道が解らなくなってしまうこともある様なのですが、今現在は【目的地は覚えている】ので、「◯◯に行きたいんやけど」と、道中、通りがかりの人に何度か尋ねながら到着し、帰りも尋ねながら自宅に帰れているようです💦

片道3kmくらいなら日常茶飯時。時には5kmも離れたお店でキーファインダーの位置情報が記録されていて、驚くことがあります😳

「遠出はタクシーで行きや!」と言う母や私の忠告などお構いなしに「タクシーなんか呼んでも来ない!自転車で行った方が早い!」(呼んでも来ないという事は全くなく、要はお金がもったいないだけ)と、家から片道5km先の病院やお店まで電動アシスト自転車で行ってしまうようになりました💦

合計すると往復10kmですから、そんな日はさすがに帰宅後はクタクタになっています。しかし本人は「こんなに遠かったかな?」や「すぐ行けると思っていた」と言うのですが、数日経つと【遠くてしんどかったこと】も忘れてしまい、また同じ事を繰り返しています。年齢的にもかなりの運動量をこなしてしまうのは、【過活動】だからこそ(アドレナリンやドーパミンが出てる?)出来てしまっているのでは?と思っています。

1日に何度も同じ道を繰り返し通る

また、認知症による記憶力の低下から、1つの用件で2つの事柄を処理することが出来なくなっている伯母は、【病院の帰りに牛乳を買って帰る】や【カラオケの帰りにパンを買う】などの複合作業が難しくなり、【午前に病院まで一往復、午後に牛乳を買いに同じ道をまた一往復】という様な、1日に複数回同じ道を往復する行動を繰り返す様になりました。(キーファインダーより確認)

さらに気候が良くなってくると

①朝に整形外科にリハビリへ一往復(片道2km)

②昼にカラオケに行くのに一往復(片道1.5km)

③夕方にスーパーに食料品を買いに一往復(片道1.5

km)

と、1日で10kmも漕いで出かける日があります💦(週に2、3回くらいの頻度)

この自転車でのお出かけ以外にも、早朝と夕方に散歩に出かけるので(20-30分程度)、50代の私の倍以上の運動量になっている日も少なくありません😱

「しんどい、しんどい」と毎日の様に母に電話してくる伯母ですが、「だから自転車のお出かけは1日1回にしとかなあかんやろ!」や「今日は散歩はもうやめとき!」と言われても、翌日にはまた日に2度3度と出かけて行く【過活動】の伯母なのでした。

思い立ったら暗くなっていても出かけてしまう

また伯母は【思い立ったら即出かけて行く】ために、暗くなってからも電動アシスト自転車で出かけてしまいます。(キーファインダーで確認)

薄暗い夕方や、とっぷり日の落ちた夜でも、時間はお構いなしに出かけてしまいます💦

「訪看さんに薬を貰いに行くように言われていたのに忘れていた!」と病院の夜診に出かけたり、「明日の朝食に飲む牛乳がない!」とスーパーまで買いに行ったり。家電の電池が切れたと、夜にドラッグストアまで買いに出たこともあります。

母に「そのくらいなら今日はなしで我慢して、明日明るくなってから買いに行き!」と電話で言われても「近いからすぐ行ってくる!」と衝動的に出かけてしまいます。(近いと言っても片道1.5kmはあります)

「えー!姉ちゃんやめとき!危ないで!」と言われても聞く耳を持ちません😰この「今すぐ対応しないと気がすまない」のも、認知症の周辺症状の1つである【過活動】の症状だと思われます。

脳神経外科処方の薬を飲んで欲しいが拒否

伯母の【過活動】の症状については、かかりつけ医であった脳神経外科の先生は初診の時から見抜いていました。何故今「かかりつけ医であった」なのかというと、伯母は昨年夏から、受診拒否と服薬拒否で、この過活動を抑える薬を飲むことを止めてしまったのです💦

認知症の診断が付いた日から1年間、過活動を抑制する効果のあるお薬を飲んていた時は、ここまで伯母の過活動生活は酷くありませんでした。しかし、車を降りて以降、それまでのような車での外出でストレス解消をすることが出来なくなった伯母は、常に文句を言い続ける生活になり、事あるごとに「車がないからどこにも行けない」や「車を妹と姪に盗られた」と言い続けていました。(友達や知人に盗られたと言い回る、物盗られ妄想が出ていました)

その「遠出が出来ないストレス」が、電動アシスト自転車に乗ることで、多少は解消出来たのでは?と思われます。

しかし、毎日の様に電動アシスト自転車で走り回るので、周囲からは「お元気ね〜!」「すごいわー」と言われる様になり、「私は病気でも何でもない、こんなに元気だ」との過信から「それなのになんで薬を飲まないといけないのか?」と思うようになり、元々の気に入らなかった脳神経外科(車の運転を禁止された事を逆恨み)の受診を拒否する様になってしまいました。そのため薬で多少落ち着いていた過活動が、歯止めが利かないようになってしまいました。

ケアマネや訪看さん、内科のかかりつけ医からもやんわりと助言してもらうようにお願いしましたが、伯母は頑なに「私はもう脳神経外科には行かない!薬も飲まない!」と絶対拒否なので、本人から「もう一度通う」と言うまでは、どうすることもできません。今後は静かに見守るしかありません😰

そうして伯母は、炎天下の真夏の昼間でも、雨降りの日も、寒い小雪ちらつく日も、タクシーは決して呼ばず、電動アシスト自転車で出かけていくのでした…。